「エデュテインメント」という言葉に聞きなじみはありますか?楽しみながら学ぶことを目的としたコンテンツのことです。
今回はエデュテインメントプロデューサーとしても活躍する、正頭英和先生にインタビュー。「教育界のノーベル賞」と言われるGlobal Teacher Prize 2019 でトップ10に選出され「世界の優秀な教員10人」となった経歴を持つ正頭先生。現代の子どもたちを取り巻く環境とエデュテインメントの親和性、エデュテインメントを体験する子どもたちに今後期待することなどをお伺いしました。
目次
令和の子どもたちのモチベーションとエンターテインメントの関係
YouTubeをはじめとした多くのコンテンツで身の回りが満たされている現代の子どもたち。その特徴して挙げられるのが、ひとつのことに固執することが少ないという点。夏にはカブトムシに興奮し、川遊びではテンションが上がるといった子どもならではの興味は今も昔も変わらない。だが、決定的に昔と違うのは、今の子どもたちはそれらへの関心が長くは続かないということ。
―今の子どもたちのモチベーションは足が早い。つまりとても飽きやすいんです。楽しいことがたくさんある時代に生まれているので、根性で勉強する、苦しむ、歯を食いしばって耐える、みたいなことと少し相性が悪くなってきているんですよね。だから入り口は楽しいものでなくてはならないと思っているんです」(正頭先生/以下同)
これまでの「やれば将来のためになる」「いい大学に行ける」「点数が上がる」といったようなどちらかというと脅しのようなやり方では通用しない。「そんなことしなくたって生きていけるのでは」というようなことを、子どもたちが本能的に理解している。かつてのように子どもたちが損得で動くような時代ではない。
―子どもたちの動機は純粋に「楽しいか楽しくないか」なんですよ。本来、勉強は楽しいもので「とにかくやってみたら楽しい」ということを僕らは経験として知っていますよね。なのでその「やってみるまでのハードル」をどこまで下げられるのかということが現代の教育のキーワードな気がしていますし、ハードルを下げるためにエンターテインメントを活用するエデュテインメントという手法はとても可能性に満ち溢れているものだと僕は思っています。
子どもたちの主体性を生み出したマインクラフト×英語の授業
大人気のゲーム「マインクラフト」を使った英語の授業を展開。グループで一つの建築物を制作する課題の中で、生徒たちはコミュニケーションをすべて英語で行う。
―特に思春期の子において「英語を話すのは恥ずかしくないよ」と言われてすんなり喋り出せる子はほぼいません。でも「マインクラフトやってもいいよ、その代わりコミュニケーションは英語で」といえば、「じゃあ喋るか」となる。もちろん中には「いや、わからない」「恥ずかしい」という子もいますが、そんなこと言ってたらゲームを進められない。間違うことがどうでもよくなってくるんですね。
学力はフィードバックで伸びる。これまでは話してくれないから指摘もできなかったが、英語を発するハードルがぐっと下がり生徒のアウトプットが増えたことでフィードバックの機会が増えた。さらには作った建物の傍らに英語で説明文の看板を立てておくなどといった生徒たちの積極的な工夫も見られた。
―マインクラフトの授業と並行して普通の英語の授業も行っていましたが、「マイクラではこの表現を使っていたけど文法的にはこういうことだから」と説明すると、「なるほどじゃあこの単語入れ替えるとこうなるんだ」という声があがる。英語で言いたい、でもどう言ったらいいかわからない、という状況を体験した子にとっては「次からは使おう!」というような強烈な学びの動機付けになるんです。
エデュテインメントの3大原則「恣意的でないこと」「あくまで入口であること」「多様性があること」
夢中になることで学びを加速させるエデュテインメント。その約束事として、氏は3つのポイントを挙げる。
◆エデュテインメントは入り口に過ぎない
エデュテインメントの使命はエンタメをきっかけとして、子どもたちに体験を与えることである。
◆恣意的でないこと
「かけ算をエデュテインメントで教えよう」ではなくて「これをやっていたらいつの間にか、かけ算を覚えていた」というのがエデュテインメント。恣意的であれば子どもたちはさっと引いてしまう。
◆多種多様であること
学びに掛け合わせる特定のエンタメがすべての子どもたちにぴたりとハマるとは限らないし、子どもたちが得られる体験にバリエーションがなければ学びは限られてしまう。そういう意味でもエデュテインメントは多種多様でなければならない。
―エデュテインメントというものを入り口にして、何かしらの体験を与え、その体験の中で引っかかったものを調べたり作ったり試したりするっていうループ―これが探究というもので、その中で、また新たな問いっていうのが生まれるんですよね。 「あれ、これって作ってみたけどどうなってるんだろう。じゃあもう1回やってみようか」で、また調べる、作る、試す、という学びが実現していく感覚ですよね。
教育の原則は「教わったように教えるな」
これまで氏が関わったプロジェクトには、かの大人気ゲーム「桃太郎電鉄」を学校などの教育現場のカリキュラムを想定して学習機能を追加した「桃太郎電鉄 教育版」も。「都道府県は桃鉄で覚えた!」という大人たちからすると納得しかない話題のプロダクトではあるが、エンターテインメントに大々的に教育機能を持たせるという発想がピンとこない親世代もいるのでは。
ただ、教育を取り巻く環境は技術の発展と共にものすごいスピードで変化している。例えば、少し前はアプリで勉強するなんて考えられなかったが、デジタル教材ならいつでも英語のネイティブ発音を学べ、AIがこちらの発音チェックまでしてくれるといった具合に、英語学習とデジタルはとても親和性が高いということはもはや周知の事実だろう。
―親世代が教わったように「単語を100回書けば覚えられる!」というようなことを言ってはいけないなと。時代はどんどん変わっていくし、教わったように教えてはいけないのが教育の原則と思っています。ではどうしたらいいのか、という選択肢のひとつとして、エデュテインメントがあると考えてほしいですね。
また、この先、子どもたちに必要とされる学力や評価基準などもめまぐるしく変容する中、近年重要視されているのが、積極性や粘り強さ、モチベーションの高さといった「非認知能力」。
―マインクラフトが教育的コンテンツと認識されるようになったのも、計算力とか国語力以上に創造力を育むことが注目を集めたからです。このように、いわゆる学校学力と非認知能力を分けたときに、非認知能力とエンターテインメントは非常に相性がいいと思っています。
エデュテインメントを経験した子どもたちに将来期待できること
これからの教育の可能性を大きく変えていくエデュテインメント。それを経験した子どもたちは将来なにを強みとすることができるのだろうか。
―勉強する理由には、いい大学に行きたいとか将来好きな職業に就きたいとか、いろいろあるかと思うんですが、最終的に「幸せになりたい」に集約されると思うんです。
僕は「幸せ」というのは「好きなものやことがたくさんある状態」だと考えています。そして、エデュテインメントによってたくさんの「好き」を作り出すことができると思っています。
エデュテインメントによってさまざまな体験の入り口のハードルを下げることで、目の前の情報だけで好き嫌いを判断するのではなく、実際にやってみて、踏み込んでみて、調べたい、作りたい、試したい、という風に夢中になれたら、大体のことは「楽しい」に変わり、「好き」になる。「好き」が多いというのは、どんな時代になっても、どんな学力観がやってきたとしても、ぶれない力につながると思っているので、エデュテインメントを経験した子どもたちには、たくさんの「好き」でもって未来を創っていってほしいな、と思っています。
正頭 英和先生 プロフィール
2019年、「教育界のノーベル賞」と呼ばれる「Global Teacher Prize(グローバル・ティーチャー賞)」トップ10に日本人小学校教員として初めて選出された。桃太郎電鉄教育版もつとめている。主な著書に「世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書(講談社)」などがある。